イタカ 旅立ち
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病院の待合で山の中腹を見ながら、『通勤電車でよむ詩集』を読む。

マシュケナダをイメージしてたのがそうではなく、じっくりと私の中の秋の木漏れ日を感じ、人生を振り返りつつ明日をイメージする時に心の棚卸をする。そんな言葉の数々がその中にはありました。

長年友よと慈しんだいくつもの冬物のオーバーを壁にかけて旅に出よう。クロゼットから出して。長年着ないのにクロゼットにしまってあるのは私の思い出。捨てなくてもいい。ただ壁にかけておくだけで。それだけでいい。旅に出よう。

イタカ(イタカ コンスタンディノス・ベトルゥ・カヴァフィス)の島に戻るまでの長い旅の記憶を島に戻すまで旅に出よう。

45歳(イデン・カルース)で二匹のサンショウウオのぬめりを心に刻み、「ニシンソバでも喰ってこようか。ニシンは嫌いです。と」応える静かな夫婦(天野忠)に。何年も会っていない友人から毎年届く賀状(長田弘)には、「いつもの乱暴な字で、いつもとおなじ短い言葉。元気か。賀春。」一枚一枚の中に降り積もる私の年月。

昨日いらつしつて下さい。(室生犀星)
なんてのはなし。あした来てください。

「それにしても 
かなしみのおかしな形状を
オーバーはいつ記憶したのか
わたし自身が気づくより前に」
(記憶 小池昌代)

だからオーバーは捨てられない。
でもどうぞいらして。

そういう私を脱ぎ捨てて...

『イタカ』より抜粋

イタカを忘れちゃいけない。
終着目標はイタカだ。
しかし、旅はできるだけ急ぐな。
何年も続くのがいい旅だ。
途中で儲けて金持ち、物持ちになって
年取ってからイタカの島に錨を下ろすさ。
イタカで金が儲かると思うな。
すばらしい旅をイタカはくれた。
イタカがなければ出帆もできまい。
イタカがくれるものはそれだけでいい。

私の中でAllen Say の『Grandfather's Journey』につながっている。
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by sdo-asanoya | 2010-10-18 22:19 | ことば
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